~ 新源工房 ~

木々を色々にかたどって、日常に溶け込むカタチにしています。

手カンナと電動カンナとペーパー仕上げの違い

木を使ったものを仕上げる方法には

カンナと紙やすりがあります。

カンナには、手ガンナと電動カンナがあります。

それぞれに、仕上がりが、微妙に変わります。

(見た目にはわからないほどです)

差は、仕上がり面の凹凸の有無です。 

 

木は、材質の固さが一定ではありません。

そのため、ペーパーをこすると、微妙に凹凸ができます。

また、電動カンナは、回転する刃を押し当てて動かすため、

回転は高速ですがどうしても、刃の当たりの強弱ができ、

微妙に凹凸になります(ペーパーほどではありませんが)。

 

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一方で、手ガンナは、刃を押し当て一定に削るので

仕上げたあとは、直の面になります。

 

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わずかな違いなので、効率的なペーパや電動カンナが使われていることが

ほとんどです。

木地のままでは差ははっきりしませんが、塗装すると見た目で分かるようになります。

 

 

 

へびとはなにか

それは、きもちわるい動きで地面をはう動物、
死生観をあらわす、かたち。
 
古来から、へびは、その生命力や渦を巻く見た目から
不死と再生の象徴として、
数多くの紋様や偶像になり、残されています。
 
へびの紋様は、エネルギーを受け取るための装置と
考えられ、世が乱れた安土桃山時代には
数多くの美術品にへびの紋様が書き込まれました。
 
この装置が、
器(工芸のしごと)の本質と、重なる部分があるという話を聞きました。
 
うつわというのは、食を盛る皿ですが
食は、生き物で、もっというと、死んだ生き物です。
その生き物を、食べることで、生きるという意味で
器は、死んでるものをよみがえらせています。
 
だから、へびの紋様が描かれた器が数多く残っています。
ただ、へびは嫌悪の対象でもあり、そのままに描くことは、こばまれて
源氏雲などの身近な形になり、描かれたそうです。
 
そして、現代。
世が乱れる時に、エネルギーを受け取るための装置(へびの紋様=救い)が
求められる。その一つが、映画「君の名は。」だと
その方はおっしゃっていました。
 
へびには奥深い意味がつけられていて
その意味と、器には、関連がある。
今の時代とも、つながりがあり、
フィクションのようで、ノンフィクションのような
その方の視点は独特で、聞きいってききました。hre

柳宗悦 著 手仕事の日本という書籍

昨日、手仕事の日本という書籍をかった。

この本は大正時代に書かれた。

今でも発行され、売れ続けている。

岩波書店から出版されているが 2015年には講談社からも出ている)

時代をこえ、受け入れられてきた考え(言葉)といえるのだろう。

知ったきっかけは赤木明登さんの講演。

話の中で、名前があがり、気になったので、アマゾンでレビューを読んだ。

 

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▾以下 トップカスタマーのレビュー 引用▾

「貴方がたはとくと考えられたことがあるでしょうか。
 今も日本が素晴らしい手仕事の国であるということを。」
この一文で始まる本書は
現在刊行されている柳宗悦の文庫本の中で
最も読みやすく、純粋に楽しい一冊です。
戦前の日本全土で作られていた手仕事の品物を紹介した
柳版・全国民藝品ガイドブック。
他の著作に比べても格段に読みやすく・・・

-ここまで-

https://www.amazon.co.jp/review/R3917UOM8Q5QCW/ref=cm_cr_dp_title?ie=UTF8&ASIN=4003316924&channel=detail-glance&nodeID=465392&store=books

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 読みたくなった。のでかった。

数ページ読んだが、独特でリズミカルなことばの使い方で読みやすい。

作者の熱が、冷静な考察の端々から 感じられる。

また読み終えたら 感想をかこう。

木の器を使い初めて感じたこと

実際に、木の器を半年前から、使っている。
陶器やプラスチックなどのちがう材の器と、使い心地がどう違うのかは
自分で使ってみないと分からないと考えたからである。

使い初めて、あきらかとまでは言わないが
ふたつの違いに気が付いた。

・使ったあとはすぐに洗おうと思う。
・持ち心地がいい。

使ったあとに洗いたくなるのは、木が、器としてはよわいことを知っているからだろうと思う。
陶器やプラスチックは、すぐに洗わずおいておいても、材質として問題ないが
浸透性のある木の器は、おいておくのは、よくない。
自分で意識することなく、それ相応の使い方が、できるものだと感じた。

持ち心地は陶器とは温度がちがう。
プラスチックとはあきらかにちがう。なんかさわり心地がいい(触感にとげがないという感じか)。これも、すぐ洗おうと思う理由かもしれない。

木の器は、扱いにくいし、劣化もする。が、生活に取り入れて使うなかで、そういった機能とはことなる特有のおもしろみがあることが分かった。

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“神代欅(けやき)・ 木地仕上げ ”

樹のブレスのつけ心地のちがい

種類のことなる木のブレスを持っているが、

樹種によってつけ心地が、ちがうことがわかった。

石のブレスに、数多くの種類があるように

樹も数多くの樹種がある。

パープルハート沈香のブレスのつけ心地がちがうと感じ

そのことから、一定の原則があることがわかった。

 

ぱーぷるハートのブレスをしている状態で、沈香のブレスをつけたときに、

ちがう と思った。

沈香をつけたときに、じんわり何か伝わってきた。

その理由はピンときた。

沈香は、油分が多いのである。

 

《 樹種の説明 》

パープルハートとは、アフリカでとれる紫色の樹木の総称。

沈香とは、東南アジアに生息する香木。

風雨や病気、害虫などによって自分の木部を侵されたときに

その防御策としてダメージ部の内部に樹脂を分泌し蓄積したものを乾燥させ

木部を削りとったもの。

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油分が多い木には、その分、力がこもっているのかもしれない。

屋久杉の油分が多いことを考えると、(日ごろ触る機会がおおいので)あながち誤ってないような気がする。

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パープルハート沈香

薪のなかに交じる良材

素材を仕入れに銘木屋に足をはこんだ。

その道の途中に、偶然、材木屋があったのでよると

そこは材木屋ではなく、薪屋だった。

そこでは、銘木の端材が薪として販売されていた。

薪としての価値は、乾燥していること。腐っていないこと。

その材が銘木かどうかは無関係。

山積された薪材は、上質な木材で、

燃やされるのはもったいないものも交じっているので

わけていただくことに。

薪の材料が一枚板だったのはおどろき。

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赤木明登さんの話を聞いて

先日、京都市立芸術大学で、塗師の赤木明登さんの特別授業があり

一般も参加ができるので、授業を聞いてきた。

赤木さんは、3年ほど前に知り、2年くらい前から気になっていた。

なぜ気になったのかは、この方が、とても人気があるからである。

斜陽産業ともいわれる漆業界で、この方の作品は購入待ちだと聞いた。

漆といっても、あふれかえる漆器、のなかで、

なぜ、この方のものが、求められているのか。理由が知りたかった。

1年くらい前に本を読んだが、そのこたえはぜんぜんわからなかった。

(本はそれほどひきこまれなかった)

だから、この機会に、行こうとおもった。

 

授業の題は”器の理(ことわり)~工藝のゆくえ~”

かたい題名である。

2時間座って、授業をきいた。

はじめの5分くらいは、つまらなかったが

自然体で、ゆっくり、自分のおなかの下から

あふれるように出てくることばが

耳に不快感なく、すっとはいり、すこしずつひきこまれた。

 

とくにおもしろかったのは、

その形にある理由をつかむ(知る)ことが

器の生命力をつかむということとつながるんだという話。

 

器には、一見無駄に見える、形(突起など)のものがある。

実際に作っていると、その無駄な形に気が付く。

(なんでこんな手間をかけるんだ。めんどくさい)

 

その時に疑問に感じたことの理由を調べると

ちゃんと納得できる理由がみつかるらしい。

 

例えば、室町時代漆器に、器の口(縁)に、丸いふくらみのある漆器

があったらしい。

その器が気にいって写した(おなじものを作った)。

ふくらみをつくろうとすると、大変な手間だった。

その手間をかける意味がぜんぜん分からない。

そこで調べると、もともと漆器が普及する前の鉄器の形状にもそういう

ふくらみがついている器があった。薄くすると強度的に問題のある鉄の素材の特性上、

ふくらみをつけた。その鉄器を写し、漆器をつくったため。

使われる素材が変わっても、そのふくらみが残ったのだと分かった。

 

そういう風に、形には理由があって、それをつかむことで

自分の表現の選択肢がひろがっていく。それが器の生命力をつかむということ。

 

初めて聞いた話だったがすっと入ってきた。

 

過去からつがれた形には、ちゃんと理由があって、それを知ることで

自分の意思で手放す、変えることができるようになる。

 

赤木さんは、自分の感じた疑問を、遡って調べ、

調べたことを鵜呑みにせず考え、自分なりに確かめられて、

自分の実感のある解釈(軸)をもっている。

話のなかで、何度も、「一般的にはこういわれているけどぼくは~」

「この本にはこう書いてあったけどぼくは~」という独自の解釈の話があった。

自分の腹におちた事だから伝わってくるんだと思った。

結局、人気の理由はわからなかったが、おもしろかった☆