~ 新源工房 ~

木々を色々にかたどって、日常に溶け込むカタチにしています。

源の意味

源には、「水のもと」という意味があります。

もとの語源は、産土(モト)。

み は、身、実、三など、かたちという意味があります。

の はつなぎ。

も は産むという意味があります。

と はあしも“と”土という意味です。

 

そうかんがえると、

源はかたちをうむ地という意味になります。

 

 

新の意味

《中国から渡来した字の源》

新は、「斤+木+辛」

「辛(シン)=刃物」

「斤(キン)=斧で木を伐る」

だから、原義は「刃物で木を伐ってつくる薪(まき)」を意味する。

しかし、その後「新しい切り口のさま」を意味するようになった。

「木の切り口のみずみずしさ」「色や香りの鮮やかさ」が感じられるほか、

「森にあっては水を出す木もあり、薬効成分を出す木も存在する」ようなことから、「新しい・今までにない状況を生み出す力を持った」という意味が生まれ出た。

 

《 和語の源 》(非常に難しく、今もって定説がない)

 

もともとは「新玉(あらたま)」という「新年に大王に奉納する新しい勾玉(まがたま)」の制度があった。

その言葉から、「新(あら)たし=新(あたら)しい」、「改(あらた)む」

という字ができた。

それ以前の古代では、

「新た」というのは「荒・粗(あら)」であり、

「まだ身体の一部になじんでいない、生の、作りたての」というような意味だった。

 

この「あら(新)たし」が「あたら(新)し」に音転倒して変化したという説がある。

「惜しい・もったいない」を意味する「あたらし」に

「荒々しい」を意味する「あらたし」の意味が乗り移って

音がひっくり返って出来た。

「当(あ)たら」から来ていて、「そのものに相当し、値打ちがある・立派だ・優れている」を意味する連体詞のような働きをするという。

「あたら、貴い命を粗末にして・・・」というように・・・
③ しかし、『古事記』において、「新玉(あらたま)」は「阿良多麻能(あらたまの)」と書き、「あたら」も「阿多良(あたら)」と表記する。ということは、両方とも、「新玉(あらたま)」 から来ているのではないだろうか。「荒・粗(あら)の玉」が「手の中で肌に当って、本当の玉に磨かれる」。また、「荒たへ」の「織り目の粗い、繊維のごわごわした着物」も、「手の肌に当て揉みほぐして行くうちに、着心地のいい着物」になる。大王に献上するには、そういう「手の込んだ作業」が必要だったのではないだろうか?!
④ そこから、「当(あ)つ」という行為があってこそ、単なる物質としての「荒・粗(あら)」が本当に人間にとって値打ちのある「新(あら)」になる。そこから、古代人は、「あらたし」という言葉を「新(あたら)し」に変化させたというようなことが考えられないだろうか・・・
 今年の「新しい」はまだまだ「荒いし、粗雑である」。これを本当にいいものに仕上げるには、「人間ひとりひとりが新しいことを肌で感じ、本当に美しい玉、本当に着心地のいい着物」にしないといけない、ということだろう・・・

 

 

神戸学校 ゲスト:清川あさみさん(アーティスト)

 

「『清川 あさみ』の見つめる世界~表現の先に何が生まれる?~」

というテーマで、清川さんのトークイベントがありました。

清川あさみさんは、糸(縫う)をテーマに活動をされているアーティストですが

クリエイターであり、プロモーターの側面も感じる幅広い方面で活躍されていて

明るい独特の雰囲気にひきよせられて、話を聞こうと思い神戸に足を運びました。

会場は400人くらいの方が来られていましたが

話がはじまると、大きな空間に穏やかな空気が流れているのが分かりました。

 

清川さんは『美女採集』という、女性を虫になぞらえて、採集して、

その女性に合う動植物をテーマに、ビジュアル作品を作り上げるシリーズがあります。

 

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その美女を選ぶときに、作品にしにくい、しやすいが女性がいる

という話が印象的でした。

ただ美しいだけの女性は難しくて、

一見おもてにあらわれないコンプレックスや闇、弱さのある女性の方が

採集し、作品にするときに、美しくなる瞬間があるというようなことをお話されていました。

一見すると、-のものが美しくなり、+しかないものを、美しいと感じる作品に仕上げるのは難しい

陰影が奥行になって、相反するものがかみ合うことで独特の姿になって伝わっていく。

うつくしいって 奥がふかいなあと感じました。 

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神戸学校に行ったのははじめてでしたが、参加者のアンケート用紙での質問コーナー

の相互交流の時間もあり、また清川さんの独特のあたたかな雰囲気で、居心地も良く

楽しい時間でした。ありがとうございました。

 

 

 

橒(きさ)

木に雲と書いてきさと読むことを先日知った。

意味は木目。

樹を切った時に出る柄のこと。

なぜ、木に雲でそういう意味になるのかはわからないが、

うつほ物語(最古の長編物語)に出ている語らしい。

確かに雲のような木目はありますが

現代では使われなくなった語。

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時代の速度の早さにのみこまれないための視点

お正月。

ゆっくりと家で本を読んで過ごした。

本の内容が、斬新で発想が独特で、頭の中には衝撃が流れた。

“エクサスケールの衝撃”

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 この本によると、指数関数的(1→2→4→8→16...)にテクノロジーが進歩しており

それに応じて、社会環境も大きく変わるという旨の話で

目まぐるしく、展開される話に、衝撃をうけた。

しかもこの本、アマゾンランキングのカテゴリーで1位(総合1106位 1月4日現在)。

多くの人に読まれている。

この本に書いてあるように、

一見テクノロジーとは関係ない分野にも影響し、流れが速くなっているのを

感覚的に感じる。

 

そういう今にあって、それを追いかけているだけでは

のみこまれてしまう。

となると、このスピードをどう捉え、

どういう視点で、ものをみることが大切だろう。

 

それは、変わる中でも、変わらないものを見る視点 ではないだろうか。

 

目まぐるしく変化するスピード、そのものがはやまっているなかで、

その変化の中にある、変化していない何か。

それは、言語化できるようなものではないのだろうけども

それを自分なりにつかむことで、

現状を踏まえた、オリジナルなるものを生み出す力になるのではないか

と、思った。 

 

そんな風にふと考えていると、

1月末、木の器の出品の予定があるテーブルウェアフェスティバルと近い日程で

ビックサイトで、デザインのギフトショーがあることが分かった。

見ることで吸収できる、独自の視点を固めつつ 片隅に、色々なものに触れあじわいたい。 

 

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ふとんで年越しプロジェクト

先日、あることから、年末のふとんで年越しプロジェクト

という活動を知った。

www.npomoyai.or.jp

 

この通り、年末年始・食事や寝る場所を提供する

活動が、全国各地で行われているということを知った。

神戸でも。

12月末に実際に炊き出しの現場にいってみて、

自分になにかできることはないだろうかと考えたところ

食器が目に入った。

木の器を提供するのはどうかと思いついた。

事前に電話をし、1月3日に伺う旨をお伝えし

今日、スタッフの方とお話しさせていただいた。

「プラスチックの器でも、持って帰られる方がいるので

木の器だと持って帰られる方が増えるかもしれないです」

ということだった。

木の器はあたたかみがあるので、

越冬の器には最適ではないだろうか。

実際に器を使っていただけるかはわからないが、

木の器に関心をもっていただくことができた。

 

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漆のよさ(誰にでも分かる)

漆は、ウレタンと似て、塗ると艶が出る。

ウレタンと比較しても、それほど違いはわからない。

では、ウレタンでいいじゃないか。

という方が、よくいらっしゃいます。

確かに見た目では、違いはわかりにくいですが

漆のよさは、その見た目ではなく

手触りにあります。

 

漆器は手に触れた時に気持ちが良く、漆自体はかたいのに

やわらかさ、あたたかさを感じます。

 

それには科学的根拠があります。

漆の表面には、目では確認できない程ですが、

じつは無数の穴が開いています。

穴の大きさは、水分子と同じ大きさです。

そのため、漆器には一定の水分がふくまれています。

さらにその水分量が人肌と同じ程度になるので

触れると気持ちいいと感じます。

 

はじめは意識しないとわかりませんが、

意識して比べるとわかります。

お手持ちの椀や器があれば、

いちど、試されてみてはいかがでしょうか。